特別養護老人ホームなどの社会福祉施設において、建物の維持のために大規模修繕は必要不可欠です。また、施設には設備もたくさんあり、その修繕や更新も考えなくてはいけません。
しかし、いつも忙しい社会福祉法人で、大規模修繕の計画を立てることはなかなか難しいです。
ただ不具合があったつど対処するのでは効率が悪く、費用もかさみます。前もって修繕計画を立てれば資金的な見通しがたち、補助金の申請もすることができます。さらに大規模修繕をすることで、そのときのニーズにあったサービスの導入や、利用者の獲得につなげることが可能になります。
そこで、社会福祉施設において修繕が必要な項目や費用の目安、大規模修繕における問題点をみていきます。さらに経営の効率化や利用者のニーズに応える大規模修繕や補助金も含めた費用の計画について確認します。
もくじ
特養など社会福祉施設の大規模修繕とは
特養などの社会福祉施設の大規模修繕は、建物の外壁や屋根の塗装、居室の改装が挙げられます。さらに共用スペースの浴室や食堂の改修も必要です。また電気設備や空調や給排水設備、エレベーターなども定期的な修繕をしなくてはいけません。
このように修繕する箇所がたくさんあるため、工事は長期間に及びます。しかし、大規模修繕のために施設の利用を休むことはできません。そのため特別な対策を取らないと、修繕工事は進めることが不可能です。
また単に建物や付属設備の修繕を行うだけでなく、利用者の獲得にむけた修繕をしなくてはいけません。社会のニーズに合うように改修したり、作業の効率化や介護者の確保につながる改修を進めたりする必要があります。
社会福祉施設において必要な修繕とタイミング
社会福祉施設にとっての必要な修繕とタイミングをまとめると下記のようになります。それぞれの施設の建てられた年代や状況によって異なりますが、下記の項目は必ず修繕計画に入れましょう。
項目 | 内容 | 修繕の目安 |
外壁・屋根 | 外壁塗装・屋上防水・屋根 | 15年 |
内部改修 | 居室・浴室・食堂の改修 | 適宜 |
電気設備 | 照明・給湯器・厨房機器 | 20年 |
高圧機器・自家発電機 | 20年 | |
空調、給排水設備 | 空調・受水槽・配管 | 20 年 |
防災設備・昇降設備 | スプリンクラー・エレベーター | 25 年 |
このように社会福祉施設における大規模修繕の項目は多岐に渡ります。どの設備もおおよそ15~20年で一度修繕や入れ替えをする必要があります。
さらに障害者施設や介護施設では、特殊浴槽、空調・換気設備、ナースコールなど特別な設備を備えています。これらは入所者にとってどれもなくてはならない設備です。それぞれ定期的な点検・修繕が必要で古くなれば改修や更新しなくてはなりません。
空調や給湯器は、以前は一か所で制御する中央方式を採用している施設が多くありました。しかし中央方式の場合には修繕のときに費用がかさむので、個別方式への切り替えも検討するべきです。今後のメンテナンスのしやすさまで考慮に入れて大規模修繕を計画しましょう。
社会福祉施設における大規模修繕の問題点
なお、社会福祉設の大規模修繕において特に問題となることがあります。ひとつは特別養護老人ホームなど入所施設の場合には、入所者が居ながら改修しなければならないことです。もうひとつは、社会福祉法人としての経営を考えたうえで修繕をする必要があることです。
入所者がいる場合には、段階的に工事を進めることで改修が可能になる場合があります。デイルームの一部を仮居室にし、入居者に仮居室に移ってもらった後に居室の改修を行うなどです。
下記は実際に東京都中央区の特別養護老人ホーム「マイホームはるみ」で行われた大規模修繕の報告書の抜粋です。
このように工事のエリアを分けて工事を段階的に進めれば、入居者が住みながら工事を進めることができます。ただスペースの関係で、どうしても入居者が居たままの改修が難しい場合もあります。そのときには、一旦、入居者に仮の施設に移ってもらって工事を進め、工事が終了したら元の施設に戻るやり方を取ることになります。
まずは居住しながらの大規模修繕を検討し、それがどうしても難しいときには、仮の施設へ移ることを検討しましょう。
経営的な大規模修繕をすることが大切
さらに加えて、経営的な修繕を考えましょう。施設の新設から年数が経ってくると、設備が古くなって入居者からの人気はなくなります。そのため、単なる建物の修繕や設備の更新だけでなく、入居者の確保などの経営的な視野をもって修繕することが必要です。
具体的には、下記のようなことが考えられます。
- ユニット型への改修など国や自治体の設備基準への対応
- 入居者の居住環境の向上
- 職員のケアのしやすさ、休憩室の確保など
- 宿泊場所など家族に対応できるスペースの確保
- 地域交流スペースの確保
かつては一般的でなかったユニットケアへの対応など、改修時は国や自治体の設備基準への対応が必要です。また居室を和室から洋室に改修したり、居室に洗面所や浴室を設置したりすることで居住環境を向上させる改修もあります。
居室の改修は利用者や職員が一番目にするところのため、「明るくなった」という印象を与え、効果的です。
私は家族や親せきが入所していたので、何ヶ所も特別養護老人ホームを訪問したことがあります。居室が明るくきれいな施設では、お見舞いのときも心が明るくなり、古い施設のときには訪問するのが憂鬱になりました。
施設の良し悪しとしては介護する人や施設の方針が最も重要ですが、入所を決めるときにきれいさは重要なポイントです。そのため、居室などのリニューアルは入所者の確保にも役立ちます。
なお介護施設では、介護者の確保が重要課題です。さらに離職率も高く、頭を痛めている経営者も多いのではないでしょうか。そのため、介護者にとっての働きやすさを追求するのも経営課題のひとつです。例えば、ケアの動線を考えて、入浴設備やトイレなどを配置しなおすのもよいでしょう。休憩室など働く人の設備の充実も大切です。
さらに看取りなどに対応するための家族の宿泊場所や、入所者が家族と交流する場所を確保することなどがニーズとしてあります。地域交流のためのスペースや、週に1度のカフェスペースを整備している施設もあります。例えばかつて私の母が入所していた特養施設では、地域交流スペースでのボランティアによる動物セラピーが人気でした。
このような利用者に喜ばれ、社会のニーズに即したサービスを提供するための改修を行えば、利用者の確保につながるでしょう。さらに介護者の確保など経営的な視点をもって改修を進める必要があります。
補助金の利用と費用計画を考えるべき
前述のように社会福祉施設等施設の大規模修繕は、マンションなど住居の大規模修繕に比べ考える項目がたくさんあります。建物以外にも設備が多く、さらに入所者や介護者の確保まで考えなくてはいけません。そのため、工事費用は高くなります。
大規模修繕の計画にあたっては、施工業者や日頃付き合いのある業者に依頼し、必要ヶ所をピックアップしていきます。入居者が居ながらの工事など特別な配慮が必要なので、施工も日頃付き合いのある業者に依頼することが多い傾向があります。
ただその場合でも、幅広い業者に見積もりをお願いしましょう。工事費や工期、工事の方法など様々な側面を検討し、決定するのです。場合によっては、部分的な工事をそれぞれの専門業者に別々に発注する方が、同じ品質で安く早く終わる可能性もあります。
社会福祉法人は、営利目的の法人よりも工事費用を削減する意識は薄いです。工事業者の見積もりも高く出ることがあるので、厳しい目をもって比較検討しましょう。資金的な余裕は、手厚い介護者を配置することができ、最終的には利用者のためにつながります。
社会福祉施設の大規模修繕工事費用の目安
それでは社会福祉法人が大規模修繕をするとき、工事費用は大体どのくらいかかるのでしょうか。
下記は、医療福祉研究協会による「社会福祉法人における事業継続に必要な建設費と大規模修繕に関する調査研究」からの抜粋です。
出典:医療福祉研究協会 社会福祉法人における事業継続に必要な建設費と大規模修繕に関する調査研究
2016年に発表された資料であり、築年数が40年を超えた施設では、63,099 円/㎡(約21 万円/坪)の大規模修繕費用が累積で必要です。例えば、500坪の建物では、1億500万円を大規模修繕で使うということになります。仮に10年ごとに修繕すれば1回あたりの修繕で2,500万強です。
この調査によると、なかには壊れた部分をそのつど直すだけで、大規模修繕を一度もやっていない施設もありました。大規模修繕費用をする費用がないのです。しかしそのつど直すだけではまた壊れますし、急いで対応してもらうので費用も割高になってしまいます。
したがって事業継続のためにも、継続的に収益を得られるように修繕をする必要があります。そうして得た収益の中から修繕費用を積み立て、さらに次の修繕につなげます。長期的な展望をもって修繕計画や資金計画を立てなくてはいけません。
なお修繕の資金は積立などによる自己資金のほかに、融資や補助金を利用しましょう。融資は独立行政法人福祉医療機構の融資を受けることができます。金利は優遇されており、融資金額も高く設定されています。
社会福祉施設等施設整備費補助金を利用して修繕する
そうしたとき、社会福祉施設の大規模修繕に使える社会福祉施設等施設整備費補助金があります。この補助金は社会福祉法人を対象にしていますが、対象の施設は障害者福祉施設や児童福祉施設です。特別養護老人ホームは対象としていないので、注意が必要です。
同一の社会福祉法人が経営していたとしても、障害者福祉施設や不動福祉施設には補助金を使えますが、特別養護老人ホームには使えません。
社会福祉施設等施設整備費補助金の概要は下記のようになります。
対象工事は、施設の創設や増築、改築、大規模修繕、スプリンクラーの整備などです。補助金額は、総事業費のうち補助対象経費の3/4までで、国と地方自治体から補助されます。この補助金は地方自治体が窓口なので、事業をしている県や都に相談してみましょう。
老人福祉施設の大規模修繕に使える補助金
それでは老人福祉施設の大規模修繕に使える補助金はあるのでしょうか。老人福祉施設には、以下が該当します。
- 特別養護老人ホーム・養護老人ホーム
- 介護老人保健施設
- 通所介護事業所
- 短期入所生活介護事業所
- 小規模多機能型居宅介護事業所
- 看護小規模多機能型居宅介護事業所
- 介護付きホーム
それぞれ該当する施設は異なりますが、上記の老人福祉施設に下記の国による支援事業があります。
- 介護施設等の施設開設準備経費支援事業
- 介護施設等の大規模修繕の際にあわせて行う介護ロボット・ICTの導入支援事業
- 既存の特別養護老人ホーム等のユニット化改修支援事業
- 介護施設等における看取り環境整備推進事業
- 共生型サービス事業所の整備推進事業
これらの事業に該当する補助金が、各自治体に設けられています。下記は東京都の特別養護老人ホーム・養護老人ホームの改修に使える補助金の概要です。
これらの補助金は毎年、異なるので確認しましょう。東京都の場合、この年では1億円の修繕工事に対して2分の1まで、最大5千万円が助成されます。公立施設は対象外であり、民間の特養施設のみが対象です。また、以前に同様の補助金で工事した箇所については、10年以上経過した場合のみ申請可能な「10年ルール」が適用されます。
老人福祉施設の大規模修繕を対象とした補助金は、自治体ごとに限度額や対象施設などが異なりますので、施設のある自治体に確認しましょう。
補助金は、そのときニーズの高い設備等の導入を進めるために、国や地方自治体が補助を決定します。そのため、補助金を利用することによって時代に合わせた施設への改修ができます。申請書などの提出は煩雑で面倒ですが、ぜひ申請しましょう。
社会福祉法人が大規模修繕をしたときの仕訳
社会福祉法人が大規模修繕をしたときの仕訳は、一般の法人と同じです。建物の耐久性や価値が増す支出については資本的支出、そうでない場合は修繕費に計上します。さらに資本的支出のときは、建物の耐用年数で減価償却します。
下記はRC(鉄筋コンクリート)造の社会福祉施設に1,000万円の大規模修繕をした場合の仕訳例です。
・資本的支出の場合
貸借 | 勘定科目 | 金額(円) | 貸借 | 勘定科目 | 金額(円) |
借方 | 建物 | 1,000万 | 貸方 | 普通預金 | 1,000万 |
減価償却費 | 22万 | 建物 | 22万 |
※1千万円の固定資産を大規模修繕の年に計上し、47年間にわたって年間22万円を減価償却します。
・修繕費の場合
貸借 | 勘定科目 | 金額(円) | 貸借 | 勘定科目 | 金額(円) |
借方 | 修繕費 | 1,000万 | 貸方 | 普通預金 | 1,000万 |
社会福祉法人は、原則、法人税は非課税です。そのため、大規模修繕費用が資本的支出でも修繕費でも税金に影響しません。ただし事務の煩雑さからいうと資本的支出の方が多少面倒ではありますが、実質的にどちらに該当するか判断して仕訳をしましょう。
まとめ
特別養護老人ホームなどの社会福祉施設の大規模修繕は、検討する項目がたくさんあります。通常の建物の修繕のほかに、特別な設備も備えているからです。それらを点検整備しながら、修繕や入替えなどを計画しなくてはいけません。
また、社会福祉施設に対する社会のニーズやその時代ごとに国や行政が推進する施策も変わってきます。それらを反映し、利用者に選ばれる施設にしなくてはいけません。例えば、看取りためのスペースの確保や従業員の休憩スペースの充実など時代に即した改装をする必要があります。
大規模修繕の費用は高額になるので、補助金などを利用しながら計画的な大規模修繕を行う必要があります。毎年の利益の中から修繕費用を積み立てるなどの資金計画も大切です。
施設の利用者のために使いやすくしていけば、利用者に選ばれる施設になります。そうすることで継続的に利益を出せる経営になり、最終的には従業員や利用者の幸せにつながるでしょう。