マンション修繕工事

賃貸マンションの大規模修繕のときには、賃借人から不満が出ることがあります。一番多い不満が「大規模修繕があると知らなかった」というものです。実際、契約の際の重要事項説明で説明されないこともあります。

大規模修繕の際の賃借人とのトラブルを避けるために、賃貸オーナーは必ず事前に大規模修繕について説明する必要があります。

ただ事前に伝えていても予想外に騒音などがひどく、賃借人から不満を訴えられることがあります。さらに場合によっては、家賃の減額を求められることもあります。こうした事態は避けなければいけません。

そのためここでは、「賃貸人にとって大規模修繕は法的に義務がある」「賃借人にとっても工事を拒むことはできない」ことやその根拠を見ていきます。またどうして賃借人の不満が起こるのか、そして紛争が少なくする方法について考えていきます。

大規模修繕は貸主の義務

マンションの賃借人にとって、大規模修繕は喜ばしいものではありません。騒音や臭気がひどく、シートで覆われて窓を開けられなかったり、洗濯を外に干せなかったりなど不便な生活を強いられます。

しかし大規模修繕は、マンションの維持管理のためになくてはならないものです。マンションを貸す貸主には大規模修繕をする義務があり、借主はその修繕を拒むことはできません。

なぜなら法律で下記のように定められているからです。

民法606条賃貸人による修繕等

つまりマンションを貸すとき、貸主には使用に必要な修繕をする義務があるのです。ただし借主のせいで修繕が必要となった場合は、修繕をする義務はありません。さらに貸主が建物を貸すにあたって使用に耐える修繕や手入れを行う場合には、借主はそれを拒否することはできません。

なお必要な修繕とは、居室と必要な設備(台所、お風呂、トイレなど)を利用できる状態にすることです。またこれら専有部分の修繕に加え、共用部の大規模修繕も使用に必要な修繕と考えられます。

もし仮にマンションの大規模修繕をしなければどうなるでしょうか。屋上のひび割れから水が入って雨漏りが起こったり、給排水管が壊れて水漏れしたりするかもしれません。貸主にはこれらを防ぐための修繕をする義務があるのです。

共用部の大規模修繕

さらに外壁タイルが剥離して通行人や車の上に落ちることも考えられます。そうしたことが起これば、ケガや命に関わる事故になる場合もあります。マンションのオーナーにはそのような事故が起こらないように建物を維持管理する義務もあります。

例えば私があるマンションを購入したときには、雨漏りが何ヶ所も見受けられました。下記はそのときの最上階天井部の写真です。

4階天井雨漏り

写真ではそれほど深刻な問題には見えませんが、このように鉄筋コンクリートの中に雨水が侵入し続けると、躯体を支えている鉄筋が錆びてしまうことがあります。そうすれば建物の安全性に問題がでます。

このときの雨漏りの原因は屋上防水が切れていることと判断し、すぐに修繕を依頼しました。さらに天井塗装や階段の踊り場にある窓まわりのコーキング補修、雨樋いの破損個所などもあわせて修理しました。

このようにマンションでは、居住者が快適な生活を送れるように大規模修繕をします。工事中に不便を強いられるとしても、大規模修繕は安全できれいなマンションを保つために必要不可欠なのです。

重要事項説明で大規模修繕の記載は必要か

ただし上記のように大規模修繕が賃貸人の義務と法律で決められているとしても、理解している賃借人は稀でしょう。賃借人にとっては快適な生活をおくることが重要です。契約の際に説明されていれば大規模修繕の不自由さも我慢ができますが、突然工事が始まったなら不満がつのります。

そのため大規模修繕に関して賃借人のよくある不満は「重要事項説明で説明されなかった」というものです。契約するときの重要事項説明では、大規模修繕があることを説明する義務はないのでしょうか。

賃貸契約で大規模修繕工事の告知義務はない

次に、賃貸借の重要事項説明で説明が義務付けられている項目を見ていきましょう。受け渡しの金銭や契約に関する事項の他に、物件に関して下記の項目の説明義務があります。

  • 不動産の表示(名称・所在地・建物の種類・構造・面積など)
  • 飲用水・電気・ガスの供給施設の整備状況
  • 建物の設備の整備の状況(完成物件のとき)
  • アスベスト使用調査、耐震診断に関する事項
  • 用途その他の利用の制限に関する事項(ペットの飼育・楽器の演奏など)

このように物件の設備やライフライン、アスベストの調査や耐震診断に関する項目はありますが、大規模修繕に関する項目はありません。つまり賃貸借契約で大規模修繕工事の告知義務はないのです。

重要事項説明では大規模修繕があることを説明するべき

ただ賃借人が賃貸借契約前に「今後、大規模修繕工事が予定されているか?」など尋ねていた場合や、賃貸人が仲介業者に大規模修繕工事の内容等を告げており、かつ、大規模修繕工事が賃借人の住生活に悪影響を及ぼすものであった場合、仲介業者に説明義務が生じる可能性があります。

大家である賃貸人に関しても、大規模修繕工事の予定を知っていたのに仲介業者に告げなかった場合で、なおかつ賃借人の生活に相当の支障がある場合には説明責任を生じます。トラブルとならないために貸主は、大規模修繕工事予定のときすみやかに仲介業者に伝え、賃借人への説明をお願いしましょう。

下記は私が所有するマンションの一室の賃貸借契約のときに実際につかった重要事項説明書の一部です。

賃重要事項説明(大規模修繕に関する記述)

このようにいつ頃大規模修繕の予定があり、どういう影響が予想されるのか明記すると良いでしょう。特に夜勤などで昼間の騒音に敏感な人や、妊婦さんや乳幼児がいるなどデリケートな家族のときには問題になりがちです。必ず大規模修繕に関して説明して契約をするように気を付けましょう。

また中には、1年以上前など相当前の契約でも、説明がなかったことを問題にする賃借人もいます。そのため契約時に工事予定がない場合には「現在は大規模修繕工事の予定はないが、いずれ工事をする可能性がある」ことを記述しましょう。さらに契約の更新のときには記載を忘れがちですので、特に注意しましょう。

分譲マンションの賃貸のときは特に注意する

なお賃貸マンションには、1棟を1人のオーナーが所有している賃貸専用マンションと、分譲マンションの1室をオーナーが所有し賃貸に出しているケースがありあす。

中でも分譲マンションを賃貸に出しているケースでは、トラブルになることが多くみられます。なぜなら分譲マンションは定期的に修繕があり、工事は大規模で長期間に及ぶ場合が多いからです。

入居者は事前に聞いていない場合に感情的になる傾向があります。そのため、分譲マンションのときには特に借主になるべく早く伝えて、建物の維持に必要不可欠な工事であることを納得してもらうようにしましょう。

実際のところ分譲マンションのオーナーは大規模修繕の予定を把握しています。長期修繕計画は購入の際に説明されますし、大規模修繕工事には所有者の決議が必要なため事前に管理組合から集会の案内が届きます。さらに大規模修繕が決まれば案内が来ますので、放っておかずこまめにチェックしておきましょう。

また下記のように定期総会でも大規模修繕について決議が行われます。

管理組合総会のお知らせ

ただし大規模修繕工事の予定が明確に決まっていなくても、長期修繕計画や大規模修繕の周期などを賃借人に伝えることが必要です。賃貸の仲介業者任せではなく、貸主であるオーナーも重要事項説明書を確認しましょう。

一棟の賃貸マンションの大規模修繕

一方で、1棟の賃貸マンションをオーナーが所有している場合には、オーナーの裁量で大規模修繕を行います。そのため不具合があったために急に大規模修繕の実施が決まることもあります。

ただ工事期間は比較的短いことが多いので、トラブルになることも少ないです。それでも修繕工事が決まったら、すぐに入居者に伝えることが大切です。

例えば、下記は私がマンションの雨漏りを修繕したときの案内です。

大規模修繕工事の案内

工事業者がこのような案内を入居者さんと近隣の方に配り、さらに掲示板にも貼ってくれました。ちなみに実際に配ったのは、工事開始の1週間前くらいです。

このときは予備日も入れて1ヶ月程度の工期であったこともあり、入居者さんへの通知が直前になってしまいました。幸いその点でのクレームは全くなかったので良かったですが、本来ならオーナーか管理会社からもう少し早めに通知するべきだったと反省しています。

賃貸マンションの大規模修繕トラブル

実際に大規模修繕のとき、賃貸人の不満はどんなものがあるのでしょうか。大規模修繕に関しての賃借人の不満は下記になります。

  • 大規模修繕工事があると聞いていなかった
  • 大規模修繕工事予定がある場合には部屋を借りていなかった
  • 洗濯が干せない
  • 窓を開けられない
  • 騒音や臭いがひどい

これらは前述したとおり、重要事項説明のときに大規模修繕工事の予定があるかどうかを明示することで、ある程度は防ぐことができます。所有者も仲介業者も確認と説明を怠ってはいけません。万が一、確認や説明を忘れた場合には、裁判や賠償責任を問われる可能性があります。

また賃借人の中には、自分の住んでいるマンションの他の部屋の募集を確認している人がいます。自分の部屋の家賃が募集家賃より高い場合、きっかけがあれば減額交渉をしようと考えています。

そのような人は何かこちらに不手際があれば、すぐに気づいて交渉してきます。そんなことにならないように、工事予定などは事前にきちんと伝えましょう。

賠償責任の有無と賃料減額は必要か

ただ、どうしても大規模修繕のことを伝え忘れてしまうことはあります。そんなとき賃料減額を求められたら、どう対処すべきでしょうか。仮に裁判になったときには、下記を元に判断します。

大規模修繕工事に関する裁判の判断基準

まず、工事があることを賃貸人が事前に知っていたときには、仲介業者や大家の責任が問われることはほとんどありません。ただし、契約の際に賃借人が「静かな環境でないと困る」など主張していた場合には賠償責任を問われることもあります。

次に、そのマンションのほとんどの居住者が我慢して生活したという事実があれば許容できるレベルとされ、仲介業者や貸主の賠償責任は問われません。仮に生活に支障があるレベルであり、マンションに一定期間居住できないのであれば、期間に応じて借主は賃料の減額請求をすることができます。

ただし、同じ事象でも生活に支障があるかどうかは、人によって基準は異なります。そのため裁判によってもそれぞれ判断が分かれる難しい問題です。

しかし、訴訟にまで問題が発展すると貸主にとっても大変な負担です。家賃の減額を要求されたら、あくまでも貸主の気持ちで減額を検討しましょう。工事による騒音など、影響のある期間だけ管理費相当額など少額の減額を認めると良いでしょう。

ただし前述したとおり、家賃交渉をずっと狙っている人も中にはいるので、毅然とした態度でいることは大切です。

テナントから営業補償を求められることがある

ちなみに住居の場合と違ってテナントの場合にはどうでしょうか。

店舗にとって修繕工事でお客様が来なければ、営業利益に直結します。ただ、テナントにとっても大規模修繕工事で建物の外観が良くなることは良いことです。さらに事業者ですので、貸主の立場への理解もあります。

テナントの場合も「知らない」ことがトラブルにつながります。そこでテナントも含めて工事業者と事前に打合せを重ね、相談しながら工事を進めれば、トラブルに発展することは少ないでしょう。

シートに覆われているときでも「営業中」の看板やのぼりを立て、テナントから顧客へ説明していたならば、それほど営業にも影響は出ません。また騒音が困る塾などが入居していれば、夕方の時間帯は騒音の出る工事を行わないなどの工夫も可能です。

ただどうしても営業を休まざるを得ない期間があるかもしれません。また事前の打合せ通りにいかなかったり、予想外のトラブルが出てきたりするかもしれません。

そのようなときには営業補償という訴えが出てくる可能性もあります。もし営業補償を要求されたら、エビデンスをしっかり出してもらった上で、検討する必要があります。具体的には、下記のような資料になります。

損益計算書

このように工事によってどのくらい売上や収入が落ちたのか、決算資料を元に示してもらいましょう。営業時間や営業日数、季節的や社会的な要因による減少ではないのか勘案した上で、工事による影響を加味し、賃料の減額を検討しましょう。

自分で交渉するのかはケースバイケース

ところで賃借人から交渉が入ったら、自分で対応するのがいいでしょうか。それとも管理会社に任せるのがいいでしょうか。先輩大家さんの書籍やブログなどを読むと、下記のようなことが書いてあります。

  • 大家は賃借人と直接話さない方がいい、なるべく管理会社を通して話をしよう
  • 賃借人と仲良くなれば、お互いの様子が分かるので、賃貸経営は上手くいく

全く逆のことなので、実際どうしたら良いのか分かりません。私も最初はそうでした。ただ数年間、賃貸経営を経験してきて感じるのは、ケースバイケースだということです。

上記で書いた雨漏りマンションの修繕のとき、大規模修繕自体のクレームはありませんでしたが、車の事故のクレームがありました。賃借人の車が当て逃げに合ったというものです。

当て逃げ

入居者さんはかなり怒っていて、「修繕工事の業者にぶつけられた」と主張されていました。管理会社に苦情が入ったのですが、あまり交渉ごとに慣れていない会社なので、私が対応することにしました。

ちなみに、この管理会社からはときどき「大家さんどうしたらいいでしょう?」という連絡が入ります。その度にドキドキして「こちらが聞きたいよ……」と思いつつ対応しています。

このときは、まず工事業者に確認して事実関係を確認しました。工事会社は事故があったらすぐに報告する決まりで、事故の場合は保険対応ができることが分かりました。また車の駐車位置などから検討すると、工事業者が車にぶつけるのは物理的に困難だと考えられました。

次に入居者の方に電話をして同じ説明をし、さらに工事業者さんと一緒に会いにいきました。そうしたところ「工事業者さんがぶつけたかもしれないので、話しをしてみたかった。わざわざ来てもらってかえってすみません」と恐縮されました。

このように、クレームの対応に慣れていない管理会社に任せると大ごとになることがあります。またこのマンションは田舎にあるので、土地柄もあると思います。田舎の人は顔が見せて誠実に説明すると、納得してくれることが多いです。

一方で通常のクレームや家賃交渉などは、管理会社がうまく対応してくれることはよくあります。何か問題が起こったら、まずは管理会社に任せてみて、解決が難しそうなら場合によっては自分で対応するなど、ケースバイケースで対応していくのがいいです。

まとめ

賃貸住宅を大規模修繕するのは賃貸人の義務であり、建物の維持のためには必要不可欠です。ただし賃借人にとっては、あまり重要なことだと認識されていません。賃借人にとって重要なのは、快適に日常生活をおくることだからです。

契約の際の重要事項説明では、大規模修繕の予定に関して説明する義務はありません。ただし、トラブルにならないように、大規模修繕の予定は必ず説明しましょう。今は予定がなくても、将来工事する可能性があることも伝えましょう。

また家賃を減額して欲しいとか、営業補償を求められることもあります。その場合には、大家の側には大規模修繕の義務があり、賃借人はそれを拒むことはできないということを理解してもらう必要があります。その上で、賃借人の状況と工事の影響を考慮して、多少の減額が必要かどうか検討するべきです。

大規模修繕を成功させるためには、賃貸オーナーは法律や対応策を勉強して知識をつけ、事前にしっかり準備を行いましょう。