アスベストは深刻な健康被害が指摘されたことから、厳しい法規制がなされるようになりました。しかしアスベストは2006年までは身近な家電製品やマンションの建築など、あらゆるところに使われてきました。
マンションの建材にアスベストが含まれていた場合、解体や大規模修繕工事でアスベストを飛散させてしまう可能性があります。また、アスベストが使われていて対策がされていなければ、現在も住民の体を蝕んでいるかもしれません。当然ながら不動産としての価値も下がってしまいます。
ただ実際に大規模修繕を行うとなると、管理組合やマンションオーナーはどのようにアスベスト対策をすればいいのか理解している人が多いです。
そうしたとき「特に危険なアスベスト種類」が使われているかどうかを考えなければなりません。ここでは、アスベストの調査方法や調査義務、処理方法と費用まで含めて解説します。
もくじ
マンション建築に使われていたアスベスト
繊維状の鉱物の総称がアスベスト(石綿)です。アスベストの繊維は髪の毛の5000分の1程度の細いもので、通常の環境の中にもわずかに存在しています。
下記は日本で産出された蛇紋石の写真です。この石の中にアスベストが含まれています。
アスベストは安価で不燃性・耐熱性・耐腐食性・耐久性に優れ、かつては防火・防音・断熱用として建築資材や電気製品・自動車・家庭用品などに広範囲に使用されていました。
ただしその9割が建材としての利用で、主に鉄骨造や鉄筋コンクリート(RC)造のマンション建築に大量に使用されてきました。しかしだいぶあとになって、アスベストを大量に吸った場合に中皮腫や肺がんを起こすことがわかり、アスベストの使用が規制されるようになりました。
最も危険なのは吹付けアスベスト
それではアスベストは具体的にマンションのどこに使われ、どれも危険なのでしょうか。マンションの建築に使われたアスベストは、主に下記のように分類されます。
- 耐火・吸音・断熱などで施工した吹付け材
- 鉄骨の柱、梁(はり)などの耐火被覆成形板
- 天井等の吸音・断熱材
- 天井・壁・床の下地、天井板、屋根材などの成形板
この中で2~4は固化しているため、通常の使用状態で飛散する恐れはありません。ただし劣化して飛散する恐れがある場合や、解体撤去する際には注意しなければなりません。
ただ特に問題となるのは1.の耐火・吸音・断熱などで施工した吹付け材です。これは「吹付けアスベスト」や「アスベスト含有吹付けロックウール」と呼ばれ、そのままでも空気中にアスベストが放出されている可能性があり、撤去の際には飛び散る危険性があります。特にアスベストの規制前に使われていた「吹付けアスベスト」だとアスベストの含有量が高く、取扱いに注意が必要です。
下記は、古いマンションの天井部分に実際にあった吹付けです。
ここにアスベストが含まれているかどうかは分かりませんが、仮に「吹付けアスベスト」だった場合には、アスベストの含有率は60~70%にもなります。
マンションの大規模修繕工事のアスベスト規制と対策
そうしたとき2006年に建築基準法が改正され、建物を新築する際に吹付けアスベスト・アスベスト含有吹付けロックウールの使用が禁止になりました。また、それ以前に建築された建築物に関しても、増改築等を行う場合はアスベストの除去が必要となりました。
以下は国土交通省のホームページに掲載されている、建築基準法の石綿規制の概要です。
このように大規模修繕・模様替えのときには、アスベストの除去や封じ込め・囲い込みなどの対策をしなくてはいけません。マンションの大規模修繕に関わる法律は主に建築基準法ですが、アスベストに関する規制は他にも下記の法律があります。
これらの規制はどれも大規模修繕に関係する可能性があります。ただアスベストの調査会社や大規模修繕工事の際に順守すべきものなので、全て詳しく知る必要はありません。マンションの管理組合やオーナーは建築基準法のみを理解しておきましょう。
1989年以前竣工のマンションは特に注意が必要
それでは危険な「吹付けアスベスト」や「アスベスト含有吹付けロックウール」がマンションに使われているかどうか、建築年で考えてみましょう。以下は規制の内容から作成した、建築年ごとのアスベスト吹付けの使用可能性の表です。
このように1956年に吹付けアスベストが使用され始めてから業界で自主規制される1989年までは、アスベストを含む吹付けが使用されている可能性が高いです。さらに鉄骨造の場合には、構造に耐火性がないため、鉄骨に耐火被覆材としてアスベストを吹き付けていました。そのため一部規制される1975年までの鉄骨造の建物は特に注意する必要があります。
一方、鉄筋コンクリートの建物は構造自体に耐火性があるので、耐火被覆材として吹付けアスベストを使用していることはありません。ただ吸音材・断熱材として天井や壁の間に使われたり、階段や駐車場などに使用されたりしていることがあります。
このとき吹付けアスベストが使用された可能性のある1989年以前に建築されたマンションだと、老朽化して大規模修繕や解体の時期に入ってきています。したがってアスベスト飛散させないためにも事前の調査が必要です。
アスベスト調査の方法や流れはどうなるのか
それではマンションでアスベストが使われているか、実際に調査するにはどうしたらよいのでしょうか。アスベストの調査の方法は具体的には下記のような流れになります。
- 設計図書を確認
- 現場を目視調査し、含有量を分析
この流れに沿って、アスベストの調査を行いましょう。
・設計図書を確認
まずはマンションを設計・施工した業者に問い合わせ、設計図書(建築時の施工図・材料表等)を確認します。設計図書で使われた建材や商品名が分かれば国土交通省のデータベースで確認します。下記は国土交通省のアスベスト含有建材データベースです。
使われた材料が特定できない場合には、建築年次と使用されている用途などでアスベストが使われているかどうか類推します。
・現場を目視調査し、含有量を分析
設計図書で分からない部分については目視で確認します。
吹付けアスベストは表面に露出していれば比較的簡単に判別できます。吹付けから時間が経って劣化してくると柔らかいわた状になり、梁(はり)などから垂れ下がっていることもあります。吹付けアスベストの色は青・灰・白・茶色などです。
しかし、アスベストを吹付けた後にコテで仕上げている場合や、アスベストの上から安全な建材を吹き付けている場合もあり、その場合は簡単に見分けることはできません。また建材の中に含まれているような場合には、目で見ても判別はできません。
例えば下記の写真は、実際に使用されている駐車場の天井部分になります。骨組みに吹付けて仕上げてありますが、ここにアスベストが含まれているかどうかは見ただけでは判別できません。
そこで目視で見分けがつかない個所の一部を採取し、専門機関に依頼して特殊な顕微鏡やX線解析装置を使って、アスベストが含まれているかどうかや含有量を分析します。
アスベストの調査は補助金を使って専門家へ依頼する
なお、アスベストの調査は専門的な知識と技能が必要です。見た目だけで簡単に分かるものばかりではありません。また調査のために建材のサンプルを採取する際にも、アスベストが飛び散る危険もあります。
そのため「建築物アスベスト含有建材調査者」の資格を持つ人が在籍する会社に依頼しましょう。「建築物アスベスト含有建材調査者」はアスベストのもたらす危険性を理解し、中立的な立場から精確な報告を行う専門家です。
調査費用の相場としては調査のボリュームにもよりますが、調査個所が少ない場合には数万円で済むことも多いです。また自治体によってアスベスト調査費用を補助する制度があります。下記は福島県福島市の補助金の募集案内です。
このように自治体の多くでは補助金制度を設けていて、原則として限度額は25万円です。このとき補助金の多くは調査の前に申込が必要なので、まずは調査の前にマンション所在の自治体に問合せましょう。
工事しなくてもアスベストの調査義務はあるのか
おさらいすると建築基準法やその他法令にて、アスベストを使用した建物の大規模修繕や増改築、解体するとき、対策を取る必要があります。そのため事前調査に関しても義務づけられています。
それでは建物の修繕を行わない場合、調査義務はあるのでしょうか。
もっとも身近なのはマンション売買の重要事項説明で、アスベストの調査結果がある場合にはその結果を説明する義務があります。下記は重要事項説明書の石綿(アスベスト)使用調査の内容の部分です。
このように重要事項説明書では、アスベストの使用調査結果の記録があるかどうかだけを記載すれば良いことになっています。
他にも不動産鑑定評価事項や、投資用不動産に関する調査、住宅性能表示などでアスベストの有無を明示する必要があります。また特殊な建物の定期調査報告のときやマンションの住人がアスベストで健康被害が生じたときにもアスベストの調査義務があります。
これらはそれほど厳密ではなく、特殊な場合に限られています。しかし何よりアスベストが使用されていて何の対策もない場合、マンション住民への健康被害が起こる可能性があります。また不動産の評価にも影響があります。そのためアスベストの使用可能性が少しでもある場合には、早めに調査するようにしましょう。
大規模修繕工事の前にアスベスト調査が必要な理由
なお、もしアスベストの調査をせずにマンションの大規模修繕工事をしたらどうなるでしょうか。アスベストがあることを知らずに建物の工事をすれば、アスベストを飛散させてしまい、工事業者や周辺の住民に健康被害が生じることになります。
下記は実際にアスベストの飛散が起こった事例です。
保育園の天井裏に吹付けアスベストがあるのに、修繕を行うために天井板を撤去してアスベストを飛散させた例です。
アスベストの健康被害は吸い込んでからすぐ発症せず、平均して約40年もの潜伏期間があり静かな時限爆弾」と呼ばれます。吸い込んでも自覚症状がほとんどないため、健康被害は長い年月を経て分かってきます。
下記の例は、兵庫県尼崎市で実際に起こったアスベストの健康被害です。
これは、以前アスベスト製品を製造していた工場周辺で起こった健康被害の報道です。アスベスト製品の製造開始から50年以上の時を経て事件が明るみに出ました。さらに被害が報道されてから15年経っても新たな患者が出続けていて、その数は合計600人にものぼります。
万が一、アスベストを飛散させてしまうと、重大な健康被害を引き起こすだけでなく、高額な損害賠償を請求される危険性があります。そのためマンションの管理の上からもアスベストを調査し、大規模修繕工事の際には結果を踏まえて修繕するのは必須です。
アスベストが含まれていたときの対処方法
ただアスベスト調査によりアスベストが使用されていることが判明しても、それが飛散する恐れがない場合には、そのままマンションを使用して差し支えありません。しかし調査報告書は大切に保管して、不動産の取引や修繕の際に役立てましょう。
一方でもし調査の結果、マンションの建材にアスベストが含まれて飛散する恐れがあることが分かったら、必ず対策を取る必要があります。
このとき飛散防止のための工事には、下記の3つの工法があります。
- 除去工法
- 封じ込め工法
- 囲い込み工法
以下は国土交通省のホームページの「安全対策の手引き」の一部です。
1.の「除去工法」がもっとも安全になる方法です。しかし、どうしても除去できない場合には、アスベストを残したまま上から薬剤を散布してアスベストを固定する「封じ込め工法」や、板状のもので覆う「囲い込み工法」という方法を取ります。
この二つは除去に比べて安価ですが、根本的な解決ではなく、建物の改修や解体時にはやはり除去工事が必要です。
アスベスト除去にかかる費用の目安
それではアスベスト除去にはどのくらいの費用が掛かるのでしょうか。以下は国土交通省のホームページにある費用の目安です。
アスベスト処理面積 | 除去費用 |
300m²以下 | 2.0~8.5万円/m² |
300~1,000m² | 1.5~4.5万円/m² |
1,000m²以上 | 1.0~3.0万円/m² |
このように除去が必要な面積によって費用は全く変わってきます。
またマンションの建材にアスベストが含まれている場合には、飛散する危険性は少ないため、それほど費用は掛かりません。しかしマンションの天井一面にアスベストが吹付けられている場合などは、マンション1棟で数百万円もの除去費用がかかる場合もあります。
調査だけでなく、アスベスト除去に使える補助金もある
なお調査に関する補助金は既に述べましたが、自治体によってはアスベストの除去に使える補助金がある場合もあります。以下は品川区の補助金の説明です。
アスベスト含有吹付けの除去工事費のうち三分の相当、一棟につき上限200万円まで助成されます。
高額な吹付けアスベストの処理費用に補助金を利用できれば、その分を他の修繕費用に充てることができます。大規模修繕に取りかかる前に自治体に相談し、処理方法と併せて補助金がないかを確認しましょう。
まとめ
マンションの大規模修繕の際にはアスベストの調査が必須です。しかしアスベストが含まれているかどうか分からないと、通常の管理上でも問題が起こる可能性が高いです。
マンションのアスベスト調査は早めに行う必要があり、調査は専門家にお願いしましょう。自治体によっては調査のために補助金があることもあります。
調査の結果、もしアスベストが含まれていることが分かり、飛散の可能性があるときには、すぐに除去しなくてはいけません。すぐに除去できない場合には、別の応急処置の方法もありますが、いずれアスベストの除去が必ず必要になります。
万が一、災害が起きて急いで修繕しなくてはいけない状況が起こったとき、アスベストの調査をしていないと復旧に時間がかかったり、適切な処理ができなかったりします。こうしたことを考え、計画的に大規模修繕工事を進めるためにも、早めにアスベストの対策を練るようにしましょう。